【新春インタビュー】ロボット新戦略から10年 どのような成果があったのか
2025/01/07
2015年2月に「ロボット新戦略」が打ち出されてもうすぐ10年。この間にどのような成果があったのか。一般社団法人日本ロボット工業会の冨士原寛専務理事は、「業界全体でみれば道半ば」と語る。
1.ユーザーへの支援強化へ政策の力点が変化
2.中小企業への導入がこれからの課題
3.AIの活用でロボットも大きく変わる
ユーザーへの支援強化へ
政策の力点が変化
ロボット新戦略は、ロボット領域においてイノベーションを創出し、産業や社会の変革を進めていくことを目指している。日本が産業用ロボットの導入・活用を早くから進めてきたこともあり、「ロボット大国」としての地位を維持していることや、少子高齢化をはじめとする課題先進国としての側面を持っていること、世界的にIndustry4.0をはじめとするイノベーションの潮流があることなどが背景にある。
――この10年間に、何が変わりましたか。
最大の効果は、国を挙げてロボットをどう使うかというさまざまな施策と活動が進んだことです。その後、医療・福祉をはじめ多くの社会課題を解決するうえでロボット導入が不可欠だということで、さまざまな施策が打ち出されました。それまでの国の施策は研究開発に対する支援が中心でしたが、ロボットを使うユーザーへの支援強化へと、政策の視点・力点が大きく変わりました。
国の各省庁が、ロボット導入実証事業に力を入れるようになりました。たとえば、厚生労働省は介護施設でロボットを使う実証を支援する施策を出し、国土交通省は、国が管理するトンネルや橋梁で点検ロボットの実証を開始しました。モノづくりの現場では、新たに開発されたアプリケーションをどのように使うのかについて、経済産業省が補助金を出して導入実証プロジェクトを行いました。
――思うように進まなかったことは何ですか。
ロボット新戦略より前の2010年、ロボットビジネス推進協議会が短い声明を出しています。日本は研究開発ではロボット大国だが、一般社会でのロボット活用で大国になっているのかという指摘をしています。一般の方の目に触れるような形で、たくさん使われていない状況を変えるべきだと訴えています。
現在に至るまで、その状況が大きく変わったとは言えません。ロボット新戦略を策定した時に、安倍首相(当時)は「日本をロボット活用のショーウインドーにする」と宣言しました。コロナ禍で、飲食店などの特定の分野でロボットの導入が急速に進みましたが、社会全体でみれば、まだ道半ばです。
一般社団法人日本ロボット工業会 冨士原寛専務理事
――世界市場で日本の産業用ロボットの立ち位置は?
日本のシェアが伸びたのは、海外に工場を建設した国内の自動車メーカーや電機メーカーが日本のロボットを使ったおかげです。この10年で日本のシェアは下がっていますが、世界全体の生産額は増えており、日本のロボット業界全体のビジネス規模は大きくなっています。
ただ、産業用ロボットは生産財なので、景気に左右されて落ち込むことはあります。08年のリーマンショックで生産額が一気に落ち込みましたが、エレクトロニクスや半導体関連の需要に引っ張られて盛り返し、ようやく22年に1兆円を超える水準に達しました。しかし、世界最大の市場である中国の景気が戻らないのが今後の不安材料です。
中小企業への導入が
これからの課題
自動車や電機メーカーは大手が多く、国内・海外でたくさんの産業用ロボットを使っている。それが日本のロボット産業をトップレベルに押し上げてきた。しかし、中小企業への導入はまだまだこれからだ。
――中小企業へのロボット導入を進めるための取り組みは?
低金利が続き、国もさまざまな支援をしてきたので、導入が進まなかった要因は、資金面よりもロボットに詳しい人材の不足が大きかったのではないでしょうか。従業員の高齢化や人手不足の深刻化でロボットのニーズは高まっていますが、ロボット本体を購入するだけでは動きません。現場の作業をプログラムに落とし込まなければならないうえに、ティーチングにも時間がかかります。メーカーやシステムインテグレータ(SIer)にとって、ロボットの知識が乏しい中小企業とのビジネスは手離れが悪いことに加え、その現場が千差万別なので、簡単に横展開できないのが大きな悩みです。
中小企業は工場の作業現場が狭いため、生産ラインを一度に組み替えるのは容易なことではありません。そうしたなかで、小回りの利く協働ロボットを求める声が高まっていますが、ここ数年はそうしたものも多数開発されて導入しやすくなっており、これからの普及が大きく期待されています。
この10年間に導入が進まなかったのは、サービスロボットです。人手不足が深刻な介護現場などは、中小規模の施設が多く、資金力が大きな問題になっています。レンタルロボットのような新しいビジネスモデルが必要だと感じています。
日本国内では、ロボットが必要とされる現場での実証的な研究が不足しています。今後は、ロボットメーカーも現場の声を製品開発に活かしていくことが強く求められています。
――人材育成をどのように進めるべきですか。
あるロボットメーカーのOBが「メーカーがいくら良い自動車をつくっても、運転免許の取得者を増やさなければ売れない。ロボットもこれと同じだ」と嘆いていました。ロボットを使いこなす人を増やさなければ、広く普及しないという意味です。
大学の研究内容を充実させることはもちろん大切ですが、工業高校や高等専門学校などに最新のロボットを導入して、慣れ親しんでもらいたいと思います。若い世代の人たちには、現実に使える道具としてリテラシーを高めてほしいと考えています。
究極的には、多くの人がスマホを使いこなしているように、誰でも簡単にロボットが使えるようになる社会になることを望んでいます。そのためには、ロボットをもっと簡単に操作できるようにならなければいけません。人と関わるような介護・福祉分野では、特にそのようなロボットを開発する必要があります。
サービスロボットの導入促進が課題。
AIの活用で
ロボットも大きく変わる
一般社団法人日本ロボット工業会 冨士原寛専務理事
――今後の10年間に期待していることは?
人目にふれるところでロボットが改良されて、実装されていくサイクルをもっと早く回せるようになるといいですね。スマホのアプリをつくれる人が増えたように、ロボットユーザーが自ら必要なソフトをつくってロボットを操作できるような基盤ができると、さらにロボット活用が加速すると思います。そのための行政的な支援も求められます。
ロボットの制御にAI(人工知能)が入ると学習効果が高まります。作業を繰り返すことで、自律的によりよい軌道や作業へと改善を重ねていきます。センサーにAIが入ると、ばら積みのピッキングがより正確になり、製品検査の工程にも使いやすくなります。また、同じ作業をしている他のマシーンと連携した学習効果も生まれるでしょう。
将来的には音声入力で作業を指示するだけで、産業用ロボットが自律的に軌道を生成して動作することも可能になるでしょう。AIの活用でロボットも大きく変わっていくと思います。
PROFILE
冨士原 寛
1979年東京大学工学部卒業後、80年通商産業省(現経済産業省)入省。2001年東京工業大学フロンティア創造共同研究センター教授。04年産業技術総合研究所技術情報部門長。09年日本ロボット工業会専務理事。
写真:金子怜史
取材・文:横山渉
FACTORY JOURNAL vol.4(2024年冬号)より転載